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編集:まずこの「ハチミツクローバー」(以下、「ハチクロ」)を描くことになったきっかけを教えてください。
羽海野先生:まず「キューティコミック」(以下「キューティ」)さんの方から、「読者ページのカットなど描いてくれませんか?」と誘っていただいたんです。当時他の雑誌でも読者ページのカットを描いていたので、それはそれで出来る仕事だったのですが、お話を伺っている時に、「キューティ」で漫画家さんが足りなくて探しているという事を聞いたんです。
それで「じゃあ、ネームを持ってきて、良ければ掲載してもらえますか?」とお願いしたのがきっかけです。
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そのネームがそのまま「ハチクロ」になったんですか?
そうですね。最初、このお話しは前後編で考えていて、A4の用紙に前編1枚、後編1枚といった感じでまとめたストーリーボードみたいなものを見せたところ、編集さんが「登場人物が多いので、連載にしましょう」と言ってくれたんです。
でもオリジナル作品を描いた事がなかったので、正直不安でした(笑)。だから逆にあまり無理しないで、自分が出来る範囲の、難しくないお話にしようということで、こうした恋愛とか友情のお話になりました。
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連載を始める際に、何話にするかは決めていたんですか?
最初32枚ぐらいで考えていて、もう少し話しを膨らませられたら、20枚、20枚の前後編で出来ればと考えていたんですけど、何回というのはなかったですね。「じゃあ始めましょう」といった感じでした。
実は当時の編集の方も異動で来られた方で、別の雑誌で漫画担当をしたことはあっても、漫画専門誌で、しかも私のような新人を担当するのは初めてだったので、お互いに試行錯誤でした。
でも家が近所だったので、しょっちゅう打ち合わせというか、おしゃべりをして、何か面白いネタがあれば箇条書きにしてメモに残したり、わからない事が多いからこそ、お互いに頑張って作っていけたので、結果的には良かったと思います。
実際、何話にするかは決めていなかったんですけど、結末は決めていたので、その前編と後編の間を細かく描いていく感じで「様子を見ながら描いていきましょう」という事になりました。
登場人物の学生生活がメインの話なので、彼らの学生生活の流れ、大学の4年間で言えば、1年目のクリスマス、2年目の夏休みといったそれぞれのエピソードを細かく描いていけば、話は作ることが出来ました。
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ベースとなる時間の流れは竹本君の学生生活ですか?
そうですね。だけど実は雑誌の移籍によって一時的に作中の時間の流れが止まってしまった事があって、その点少し困ってしまったんです。
あと雑誌が変わった事で新しい読者さんにキャラクターを理解してもらう必要があったので、予定外のエピソードが増えて、結局1年ぐらい遠回りしてしまいました。 竹本君には申し訳ないですけど、その流れで1年留年してもらう事になりました(笑)。
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タイトルの由来についてですが、どうしてこのタイトルにしたんですか?
なんか可愛いタイトルを付けたかったんです。
なんとなく語呂が可愛らしかったのと、ミツバチとクローバーでマークにしたらきっと可愛いだろうと思って付けました。
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クローバーについては、14話(2巻収録)でキーワードになりますよね。あれは意識的にですか?
意識的ですね。
「キューティ」があと2回と聞いて、元から決まっていた最終回を何か削って「何年後・・・」って描いてしまうか、いったん終えて移籍先を探すか、かなり悩んだんですけど、もう最終話までのプロットが10話分以上出来ちゃっていて、あとそこにあるエピソードも他の漫画に使えないモノばかりだったので、どこか使ってくれる雑誌を探そうと決めたんです。
それでも他に載せてくれる雑誌が見つからない場合もあるので、作品に一区切りをつけるために「第一部 完」のような途中の最終回みたいなものにしてみました。
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移籍の件ですが、どうして「ヤングユー」で描くことになったんですか?
私、「ヤングユー」のすごい読者で、10年ぐらい欠かさず買っているんですけど、一番最初に一番好きな雑誌に持っていけば、ダメでもあきらめがつくかなと思って、持ち込みしたんです。
実は集英社のコバルト文庫の作品(若木未生先生「GLASS HEART」シリーズ)でイラストの仕事をしていて、その担当の方と良く「ヤングユー」の話をしていたんですけど、ある時「キューティ」がなくなる話をしたら、「『ヤングユー』の編集部を紹介しますよ」って、話したその2日後にいまの編集さんを紹介してくれたんです。
それで編集さんにも作品を気に入っていただけたんですが、編集さんも途中の漫画、しかも他社で連載していた漫画を引き継ぐのは集英社でも初めてのケースだったので、再開方法などでだいぶ手間をかけさせちゃいましたね。
具体的にはいきなり途中から掲載するんじゃなく、作品を読者に紹介する意味で、単行本になっていなかった話を増刊で出す事にしたんですけど、途中に読み切りを描いたのは、その増刊の作業を含めたタイミングの問題で半年空くことになったからなんです。
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その短編は単行本化されないんですか?
割とあちこちで短編を描いてきたので、短編集を出したくても、出版社がバラバラで回収できないんですよ(笑)。まとまれば出していただけるみたいなんですが・・・。
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編集さんに頑張ってもらうしかないですけど、でもどの編集さんも出したいでしょうね(笑)。
ところで結構細かくお仕事をされていますよね。参考書のカットとかも描いたり、やっぱり絵は好きなんですか?
コバルト文庫の挿し絵もそうですが、ピンナップとか、カラーのイラストのお仕事とかをよくやっています。やっぱりお話は難しいんですけど、絵を描くのは好きなんですよ。
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以前お勤めされていた会社が有名なキャラクターグッズの会社ですが、そちらでもデザインをされていたんですか?
そうですね。会社に行きながら漫画も投稿しようと思ったんですけど、そんな時間が持てる会社でなく、休みもなく、1日中延々とウサギとかクマとかを描いていました。
実は小学校の時に漫画家になるか、その会社に入ってデザイナーになるかが夢だったんで、一つ叶ったから、それで頑張ろうと思ったんですけど、やっぱり漫画もあきらめることが出来なかったので、もう一個の夢も叶えなきゃって思うようになったんです。
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ずっと絵を描いていたと思うんですが、漫画を本格的に描いたのはいつ
頃ですか?
絵というより落書きですね。家にいる時も、学校にいる時もずっと落書きをしていて、「絵以外のことは出来ない」って、自分で思っていました。
漫画は就職が決まったら、そんなに描けないだろうと思ったので、一度投稿してみてから、会社に入ったんです。
ところがその投稿された漫画がその時に入賞して、雑誌に掲載されたんで、漫画家になる選択肢も生まれたんですけど、その頃、一回OLを経験しないとOLモノは描けないと考えていて、会社には入らないといけないなって思っていたんです。
それに就職するのは今の機会しかできないから、「まずはOLを、その会社でキャラクターデザインをやって、その後に漫画家になろう」って、虫のいい、甘い人生設計を起てていました(笑)。
でもやっぱり会社に入ると、そのデザインの仕事が面白くて、カラフルだし、子供向けだからウサギとかクマを毎日描いて、自分の時間は殆どなかったんですけど、「これでもう幸せだ。これでもういい。」と思ったんですが、それでもやっぱりどこかで、「いつか漫画を描きたいな」って思っていました。
それからデザイナーとしてフリーになって、家も出て、具体的に生活費を稼がないといけない状況になったんで、一度漫画家になるのを諦めた時があったんですけど、「このままおばあさんになって死ぬのはイヤだ」(笑)って思って、人生は1回だからやるだけやってみようと思って、もう一度目指し始めたんです。
ちょうどその頃、会社の先輩で漫画家になった方がいたので、手伝いに行ったときに、そこに同人誌があって、「コレなんですか?」って聞いたら、「同人誌という、自費出版で自分の作品を発表しているものだよ」って、教えてもらったんです。
それを聞いて、もう漫画は描けないと思っていたのが自費出版なら出来るんじゃないかって思うようになって、同人誌を始めることにしたんです。
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すごく興味があるんですが、タイトルは伏せますので何を描かれていたか
教えてくれますか?
いやぁ・・・、「●●●×××」だったんですけど(笑)。
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それ、ジャンルだけでもバレますね(笑)。
それしかないですよね(笑)。その先生はあまり同人誌をお好きでないようなので、もう心苦しくて、一生隠していこうと思っているんですよ(笑)。本当に先生に嫌われたら涙が出てしまうので…。
だけど本当に好きな作品なんで、実は「ハチクロ」も随分影響を受けているんです。
その作品では、先生はどのキャラクターにも愛情を持って描かれていたので、ちょっとだけしか登場がしないキャラでも単純に脇役として、敵役として、主人公の引き立て役として存在しているんじゃなくて、理由があって生きているんだなっていう事をすごく感じたんです。
だから「ハチクロ」も「脇役として登場する人物はなくそう。全員自分の人生を生きていることを表現しよう」といきなり大きな目標を持って描き始めました。
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萩尾望都先生の影響でキャラクターのフローチャート(人生チャート)をお作りになられている事を記事で見ましたが、漫画に出てこない所も細かく作っているんですか?
そうなんです。作品では学校に入っているところから始まっていますけど、なんで学校に入ったのか、子供の頃はどうだったのか、どう年を取って死んでいくのかまで考えています。
これを考えていると、その人の人格がバラけないんですよ。具体的に言うと、こういう人生を送った人はこんな場面ではこんな事を言うだろう、言わないだろう、というのがハッキリしますね。
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描くのは主に学生時代ですけど、そのキャラクターの70〜80年の人生を考えているんですね。
そうしないと、やっぱり行動とかに統一がなくなってしまうんです。
この方法は萩尾先生がどこかで仰っていた方法なんですが、初めてのオリジナル漫画だったので、先生の言いつけは守ろうと思って、やらせていただきました。
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この漫画を描く時はストーリーとキャラクター、どっちが先に浮かんだのですか?
最初にキャラクターでしたね。男の子を3人出そうというのが始まりで、性格付けとかしているうちに、この子たちの学生生活、恋をして、卒業して、仕事を始める話、人生が決まる大事な時期の話を描こうと思いました。
3人3様の、それぞれの恋をして、旅立っていく、そんなお話ですね。
だから女の子は後付けなんです。竹本君が恋をするなら、どんな女の子がいいかなって思って考えたのが「はぐ」で、あんまり喋らない子がいいだろうと思ったんです。
山田さんは、真山を好きな子を作ろうということで、出てきたんですけど、彼女に対しても細かく性格付けをしていくうちに、段々彼女が可愛くなってきたんです。それでもっと描きたいなって思うようになってきたので、出番が増えました。
彼らに対して私は「こんな子達がいたら面白いな」って、憧れのような気持ちで描いています。
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ちなみに先生が一番好きなキャラクターは誰ですか?
彼らの人生を全部見ているので、愛着が湧いて、どの子にも「がんばれよ〜」と言う気持ちなので、どの子も可愛いです。読者のみなさんのアンケートですと、森田さんが圧倒的に強くて、男性からは山田さんが人気あるみたいですね。
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その人気の高い森田さんを1年ぐらい海外に行く事で出しませんでしたけど、それはどうしてですか?
最初に話した移籍の話に繋がるんですが、キャラクターを理解してもらうのに、話を進めないようにする必要があったんです。だけど森田さんがいると話が進み過ぎちゃうんですよ。だから「しばらく国外に出てください(笑)」ということにしました。
やっぱり竹本君や山田さんの悩みって、なかなか進まない問題で、じっくり描きたいんですけど、そのヨコで森田さんが「ワァー」って暴れたら、そっちが描けないんですよ(笑)。
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それだけ各キャラクターをわかっていると、逆に描きたい事がいっぱい出てきてページが足りなくなるという事がありませんか?
季節のイベント、クリスマスとか花見とかありますけど、森田さんはそこで必ずギャグを入れますよね(笑)。花見だったらこんな事をするだろうみたいな。それにページを取られると、「今回も山田さんの苦悩を描ききれなかった」って思う時がありますね。
あと「このネタは夏に描かなくちゃ意味がない」というものがあるじゃないですか。そういったネタが浮かぶとやっぱり描いちゃいますよね。それで今月も話が進まなかったという事はしょっちゅうです(笑)。
あと同人誌をやっていたせいか、なにかお話の本筋からはみ出した部分を考えるのがクセになっているんですよ。同人誌のパロディって、そのキャラクターの漫画に出てこない部分を妄想して描くところがあるじゃないですか(笑)。
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この1年ぐらいで一気に読者が増えたと思います。それによって何か変化
はありましたか?
作品に対して色々な意見が聞こえるようになってきましたね。
以前はなるだけ読者さんの要望に応えたいと思って描いてきたんですが、
それだと無理があるって気付いたんです。
具体的に言うと「山田さんを真山君と一緒にさせてください」という意見と、
「真山君を理花さんと幸せにさせてあげてください」という二つの意見がよ
くあるんですが、両方ともやろうと思ったら話が成立しなくなるじゃないで
すか。
だからそうした色々な意見によって、私がふらふらしたら作品がダメにな
るので、私がしっかりと筋を通して、作品をみなさんの想像出来ないところ
まで組み立てて行こうと思うようになりました。
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講談社漫画賞を受賞しましたが、ご感想は?
すごく嬉しかったです。私、考えすぎて、すぐ自信をなくして、「漫画を描い
ていて良いのかしら」と思ってしまうんですけど、そんな時にあの賞のこと
を思い出して、「でも良いって言ってくれたヒトもいるんだから、自分の勝手
で止めないで最後まで頑張らないと」思うようになったんで、とてもありが
たかったです。
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最後に読者へのメッセージをお願いします。
大人になりたくない人達のお話を描いているわけではないんですけど、ど
うもそう思っている方が少なくないようで、学校というモラトリアムから出て
いく淋しさを描いているとも思われているんですけど、私は大人になること
は自分らしく生きることが出来るようになったという意味で素晴らしい事だ
という考えなので、そこを感じて欲しいと思います。
だから「いつまでも卒業しなければいいのに」じゃなくて、みんながどういう
風に大人になっていくのか見て欲しいです。
「大人になるのは恐い事じゃないよ」というのが私から言いたい事です。