NO COMIC NO LIFE

◆ 第17回:『木尾士目』先生インタビュー

平凡な大学生の日常に流れるオタクライフを見事に描写した内容で「アフタヌーン」(講談社)での連載開始直後から、専門店ならびにネットなど で大反響を呼んだ「げんしけん」。 待望の第1巻の発売を目前にして、本作品で新境地を見せてくれた木尾士目先生にインタビューしてきました。 年末進行で忙しい最中、作品を描くきっかけになった裏話や、これまでとの作品との比較など語ってくれた貴重なインタビュー、ぜひご一読下さい。


©Kio Shimoku 2002

「俺に足りないのは覚悟だ」 − 笹原完士は大学入学を機にそれまで秘めていた「漫画・アニメ・ゲーム」への思いを分かち合えるサークルへ入ること を決意した新入生。見学で訪れた「現代視覚文化研究会」=「げんしけん」会員・斑目の策略により根拠のないプライドを崩された笹原だったが、未 だ自分がオタクであることを認められないでいた。  しかし同人ショップや即売会などに、そのモデル並のルックスに反比例したオタク・高坂、そして斑目たち「げんしけん」のメンバーと行動をともにし ていくなかで、ココロを解放していった笹原はこの道に進む覚悟(!)を決めていく。 高坂にベタ惚れな(非オタク)春日部咲やコスプレイヤー・大野など様々な人間も加わって、今日も「げんしけん」を舞台にした笹原のオタクライフは ゆるりと流れるのであった。

「げんしけん」の最新情報はココでチェック!

<月刊アフタヌーン 公式ホームページ> http://www.afternoon.co.jp/

『とらだよ。』vol.23対象ページ
PDFファイル(1108KB)
  • 編集部・・・まずこの「げんしけん」を描くきっかけを教えてください。

    木尾先生・・・「げんしけん」というタイトルが思いついたのがきっかけですね。大学の時に実際そういうサークルがあって、一時的に入っていたわけですけど、そのときにこの「げんしけん」という略称自体が非常に気に入っちゃって、「いつか使いたいなぁ」って思っていたんです。だからこのタイトルがなければ、こういうオタク・サークルものを描くことはなかったかもしれませんね。

  • ということは、実際に「げんしけん」という名前のサークルに大学の時に入られていたんですか?

    一時期ですけど。

  • その「げんしけん」という実在のサークルなんですが、正式名称は作中と同じ「現代視覚文化研究会」なんですか?

    同じなんですよ、誰が考えたかよくわかんないですけど、やっぱり「使って良いのかなぁ……」って、ちょっと逡巡しました。まぁ、漫画として実際に形になってきたのは、描く直前になってからなんですけど。この名前がなければ描いていなかったかもしれませんね。

  • じゃあ、ずっと貯めていた企画なんですね。

    ストックとしては以前からありました。 具体的にどうこうとは考えていなかったんですけど、前の連載が終わって、「次にどうしよう」って、打ち合わせの時にネタをバァーって出すわけですよ、10個ぐらい。それでその中のひとつにあったんですけど、そこからですね。

  • 最初からこんな風にギャグのテイストを強くしようと考えていたんですか?

    そうですね、最初からそんな感じでした。はじめはもう少しイタい方向の話になるかなって思っていたんですけど、描いてみたらあまりそういうことはなかったので、その点は良かったかもしれませんね。

  • 今までの作品は結構生々しい恋愛ストーリーだったんですが、今回このようなギャグテイストの作品を描く際に何か苦労された点はありますか?

    特にはないですね、あんまり変えようとか意識はしていませんし、すんなり描いています。これまでデビューから一連の流れで描いてきたわけですけど、それまではホントに個人的な暗い感情をぶつけてきて、そういう感情で描いていたのが、やっぱり年を食ってきたり、生活環境も昔と変わってきたこともあったりして、そういう感情が薄れてきたせいか、「違うモノをやるか」という時でもありましたね。

  • こういう風に今迄と違う感じの作品となって、読者の反応はどうですか?

    どうなんですかねぇ……、担当さんに伺うと、おかげさまで良い反応をいただいているということで、本当にありがたいことなんですけど、アンケートでも今までと違った反応があるみたいです。

  • 以前の単行本(「五年生」2巻)の後書きで、「同人誌を見たことがない」と仰っていますが、今回の作品を描く際にその点はどうでしたか?

    いや、あれは『五年生』の同人誌を見た事がないって意味ですよ。ま、そんなもんあるわけないんですけど(笑)。だから普通に順調に見てましたよ。絵的な資料として集めたものはありますけど、この作品のために色々と同人誌を集めて、研究したということはないです。

  • 作中で咲ちゃんが斑目たちの行動に対してカルチャーショックを受けるところなんかが印象的なんですが、漫画というフィクションですけど、この作品を描く際に参考になったエピソードとかあったら教えていただけますか?

    やっぱりこういったネタですから自分や知り合いのことなどを参考にしたりしますけど、それをモデルにすることはありませんね。特に具体的になにかがあるというわけではないんですが、友人の中でも全くオタクでないヒトがいるんですけど、そういったヒトたちと一緒にいるときの感覚なんかが出ているかもしれませんね。でも実話かどうかはどうでもいいことですよ(苦笑)。

  • 以前の作品も含めて、大学という舞台を選んでいるのはどうしてでしょうか?

    どうなんですかね、結局最初からそういう流れで7、8年やっていますから……。でもそんなに大学しかやっていないというほどたくさん描いていませんから、そういったこともありますし、他に描けないというのもあるかもしれませんね、いっぱいネタも考えたんですけど。

  • 自分もそうだったんですが、大学って「何をやってもいい」という、生活に緊張がない環境ですけど、そういった要素も影響ありますか。

    話にはしやすいですよ、ホントに。大概一人暮らしで、何でも出来るし、時間はあるし。自分ではそうは思っていなかったんですけど、この間も編集長に「君は大学生活がよっぽど楽しかったんだなぁ」って(笑)、しみじみ言われましたよ。

  • 大学の時って、すごく余計なことを考えますよね、特にセックスについてもすごい興味を持つ時期ですし、すごい身近というかリアルになりますし、そういった意味では今迄の作品の舞台に合っていたんでしょうか?

    今迄は合っていましたね。まぁ、今回の漫画ではセックス禁止(笑)ってことにしているんですけど。意識とかはしていないんですが、……やっぱり自分の実感が持てるところを舞台にしようとするんじゃないんですか。結果的にネタがそこにあったというか。まぁ、他にもいろんなネタは考えたんで すけど。

  • もしよろしければ、なくなったネタで言えるモノを教えてください。

    砂漠を舞台にしたネタとか……、ずいぶんそれで頑張った覚えがあります。

  • いきなり舞台が大きくなりましたね(笑)、それはどんな話なんですか?

    話を言っちゃえば、もう過疎化が進んで、ヒトが少なくなった村の娘が、外に子種をもらいに行くという話で、それを下敷きにストーリーが展開するものなんですけど、でも結局は形になりませんでしたね。上手いこと掴めないんですよ、なかなか。タクラマカン砂漠とか行ったことがあるんですが、漫画にするのは「もうちょっと先かな」って感じです、形になればですけど。やっぱりネームにしてみないとわかりませんよ。

  • ところで先生のこれまでの作品を見ると、キャラクターが漫画的でないというか、つまりキャラクターが特別な能力や宿命を持っている訳じゃないという意味なんですが、実際にキャラクターを描く際に気遣っていることはありますか?

    今回は本当に意識してキャラ起ちはさせました。今迄は本当に「男一人、女一人いればいいや」って感じでやっていましたけど、今回はそのあたり、「ちゃんと漫画を描く」という訓練の意味でも自分ではあるんですよ。今迄はやっていなくて、今回やっていることを具体的に、簡単に言うと、「24ページで一回の話をちゃんと収める」ということなんです。いままではネタとか描くことがあれば、もう全部を詰め込んでいって、どんどんどんどん延ばしていってきましたけど、今回は一話で収めるから、カットするネタはカットして、そのカットしたネタは単行本に4コマとして付け足しちゃうとか(笑)、それにキャラをちゃんと起てるとか、色々ですね。そもそもこういうちゃんと読者を楽しませるために描くということが、今回初めてなんですよ(笑)。

  • 確かこれも後書き(「五年生」2巻)でしたけど、「俺って『読者のために』描 いてねぇよな」と描かれていますよね。

    う〜ん、だからホントに今やっていて、初めてちゃんとした漫画家になった気分 なんですよ(笑)。

  • じゃあやっぱり描いているときは、極端な言い方ですけど、「こうするとウケる かな」って思ったりするんですか?

    たとえば、大野さんって最初の設定では、もうちょっと見た目から「痛い」キャ ラにするつもりだったんです。でも、何話か描いているうちに、作品の方向性がよりライトに変わってきたんで、それに合わせてデザインも変えました。それは読者の反応も考えての事です。

  • モエを入れたわけですね。

    あれモエキャラかなあ?(笑)それはわからないけど、ちゃんと読者に向けて描くようにはしていますね。カワイイ女の子を描くのは好きですよ。

  • 他に今迄の作品と比べて、作品を描く上で変化したコトって何かありますか?

    セリフ回しを漫画っぽくしていますね、ある程度わかりやすくしようと考えています。以前は発声してみて変じゃないようなセリフとか会話とかを意識していましたけど、今回はページに収めるという考えがあるから、パッパッパッと進めるためにわざと漫画っぽいセリフにしてみたりとかしています、当たり前のことなんですけど。あとページが少なくなったんで、絵の密度を上げるというか、一つの絵の中に情報をいっぱい入れていますね。実際ページ数については指定があったわけじゃないんですが、いままで作品では男一人・女一人だったキャラクターの数が多くなりましたし、ポスターや本棚といった部室の背景とか同人誌専門店の店内の様子とか(笑)、明らかに絵の密度が上がるはずだから、今回の場合は俺から「24ページにしてくれ」って言ったんです。でもやっぱり32ページの時より時間がかかっていますね、32の時は下描きを出来るのが1日5ページぐらいだったのが、いまは3ページですから。

  • ちなみに一人で描かれているんですか?

    そうですね、アシスタントさんはどう使えばわからないですし、まぁ物理的に間に合っているのが一番の理由ですけど。

  • でも作中にあるような、同人誌棚に飾ってある本の表紙とか、即売会ネタのときの行列や会場の様子とかは描くのが大変ですよね。

    連載直後ということもありますけど、「コレを描かなきゃつまんないだろう、始 まんないだろう」っていうのはありましたね。同人誌の表紙とか、俺が描かなきゃつまんないでしょ(笑)。

  • 作中では高坂君と咲ちゃんの色恋沙汰がありますけど、笹原くんを含めてラブコ メ的な展開は出てくるんですか。

    この「げんしけん」内では三角関係はないでしょ(笑)。まぁ、咲と高坂の二人がどんな風に付き合っているかは描いていくと思いますけど、「咲イジメ」な感じの話になるでしょうね。やっぱりいじりやすいキャラですから、彼女とそして斑目は。気に入っているキャラですよ。

  • ちなみに作中で出てくる人気漫画「くじびきアンバランス」について、あれはどこまで作っているんですか?

    「くじアン」についてはそのためだけに設定を考えました。やっぱり彼らのようなオタクが語りあうシーンを作りたかったんですよ。でもそれに既存のモノを使うわけにはいかないんで、作っちゃったんです。実際に作り始めると結構楽しくなって、数日はハマリましたね。なかなかこういったモノは自分じゃ描きませんから。本当はもっといっぱい出したいんですけど、なかなか本編に入り込まないんで、その辺は脱線しないように気を付けています。ちなみに「くじアン」については今度発売する単行本に細かい設定があるんですけど、結構見せ方とか担当さんと一緒に頑張ったんで、それも楽しんでくれれば嬉しいですね。

  • 最後に読者にメッセージをお願い致します。 リラックスして楽しんでくれればいいですね。メッセージ性も特にありませんけど、こんな作品があってもいいと思いますし。でもはじめるときは、いろんなヒトを傷つけそうだなぁって、本当にビクビクもんでしたから、いまのように読者に気楽に楽しんでもらっているのはありがたいですし、だからそのまま行ってくれって感じですね。はじめるときは守りに入るような気分で始めたんですけど、読者の後押しで攻めの姿勢に変われたんで、その点、本当に読者のみなさんには感謝したいです。ぜひこれからもこんな感じでよろしくお願いします。

[取材日:平成14年12月6日(協力 アフタヌーン編集部)]


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