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サンデーらいぶらりぃ:間室道子・評=『メリーさんの羊』熊井明子・著

◆愛の場所

◇『メリーさんの羊』(『夢のかけら』収録)熊井明子・著(春秋社/税込1,575円)

 エッセイスト熊井明子。先日亡くなった映画監督・熊井啓夫人としても知られる彼女の、初の小説集から紹介するのは「メリーさんの羊」。

 高子は二歳になる息子を連れて、牧師館のメアリーの元へ行く。

 メアリーの夫・グリーン牧師は、礼拝に来ないのに、家には出入りする高子が気に入らない。一方、高子の夫もメアリーを「得体の知れない女」呼ばわりする。夫たちは、妻が自分の知らないところで楽しみを持つのが、許せないらしい。

 高飛車な夫の要求で、職場に戻れず専業主婦になってしまった不満。夫や子供を愛しているのに、足かせのように感じる矛盾。疲れ果てていた高子にとって、メアリーとの出会いは救いであり驚きだった。

 五人も子供を持ち、良妻賢母ぶりを発揮し「すべては神の御心」と微笑む、聖母のような人。

 だが牧師一家は突然引っ越してしまう。しばらくして会いに行った高子が見たのは、やつれたメアリーの姿だった。引っ越し直後、子供の一人を事故で失ったのだ。

「これも神の御心」と繰り返す彼女を高子は抱きしめる。メアリーは初めて、声をふりしぼって泣く。そして意外な告白をした。

 子供を失うことで、メアリーは心の奥底のある感情を、束の間解き放つ。高子はメアリーの気持ちを知ることで、自分の中に隠れていた永遠の思いを掴む。我が子への、目の眩むようないとおしさ。

 自分自身にごまかしのきかない場所。それを「聖域」というなら、二人の女性はまちがいなく、そこへたどりついたのだ。神の前でも夫の前でもない、それぞれの愛の場所へ……。

<サンデー毎日 2007年12月30日号より>

 2007年12月18日

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