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高村薫さんと考える

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高村薫さんと考える:今月のテーマ この1年を読み解く

 <with 藤原健・編集局長>

 政治に期待しようにも、改憲にひた走った安倍晋三政権は支持を失い崩壊。続く福田康夫政権も視界不良。世間が「王子ブーム」にわく陰で、地道な努力が軽んじられ、世界に誇るべき技術力が低下していく--。高村薫さんの07年の総括は厳しいものだった。一方で、コウノトリのひなが巣立つ姿に「地元が30年以上かけて自然を回復した。日本中でこんな取り組みがなされれば」とも語った。08年が希望を抱ける年になることを祈りつつ……。【構成・中本泰代、写真・梅村直承】

 ◇総選挙後も政治は視界不良 世界に誇る技術力に黄信号

 藤原健・編集局長 安倍前首相の政権放り出しや食品偽装など、07年は政治も社会も、責任や倫理のたがが外れた年でした。

 高村薫さん 今年前半の安倍内閣は、憲法改正、つまり国民投票法成立(注1)と教育3法改正に傾き、政治を国民から引き離してしまった。税制・行財政改革が何も進まないまま選挙の季節に入り、さすがに「一度くらいは政権交代を」と参院選であの結果が出ましたが、新しい枠組みで動き出すかと思ったら首相の辞任、党首会談の迷走。原油高騰などで生活が苦しくなる実感の横に、政治が政治の体を成していない状況がくっついている。近年まれに見る悪い年だった気がします。

 藤原 国民にとってはつらい年ですよね。福田政権で年を越しますが。

 高村 「首相の顔」など具体的な何ものかがない状況では、有権者が政治に期待するのは難しい。衆院の解散・総選挙になってもその先がまったく視界不良です。

 藤原 米国の大統領選挙(注2)が秋にあり、クリントン氏が有力ですね。

 高村 大統領が交代するころには、米も厳しい経済状況だろうと思います。内向きになり、日本には厳しい交渉相手になる。対米を担っていける首相なり政治家なり、官庁がこの国にあるか。ない。大統領が代わろうが代わるまいが、視界不良です。

 藤原 食品偽装はどうです?

 高村 確かに相次ぎましたが、それは内部告発者を保護する制度ができたため。今までもあったことで、そんなに目くじら立てる問題でもないなと。日本は輸入に頼っている国なんだから、期限を延ばして消費したり、腐らないうちに飼料にすればいい。食べきれず捨てる私たちも悪いんだと思います。

 藤原 製造者のモラルだけではないと。

 高村 そう。これも今年になって出てきた問題ではありませんが、日本が世界に誇る技術水準、本当はだいぶ黄色信号がともっているのでは。技術を支えているのは緻密(ちみつ)でまじめな人間の手なんです。ところがいま日本では、ゴルフとか野球の「なんとか王子」という言葉がはやっている。地道な努力をたたえるのとは対極のものです。ものを作ることが二の次、三の次にされているように思います。

 藤原 防衛省の守屋武昌・前事務次官が収賄容疑で逮捕された事件については。

 高村 ロッキード事件を知っているので、そのこと自体は驚かない。それより、守屋容疑者が証人喚問で政治家の名前を出した時に「時代が変わった」と思いました。ああいう人を事務次官に置き、防衛機密にかかわらせていたことにぞっとしました。死んでも口を割らない。一般常識的にはそうです。

 藤原 守屋容疑者は小泉純一郎・元首相が重宝した人。今年は、小泉政権下のツケが出てきましたね。

 高村 ツケを払う年でしたか。衆院で自民党が300議席もある現状では、どうしようもなかった。それも小泉さんの置き土産ですが……。

 藤原 第一次世界大戦後のドイツで、ワイマール憲法下でナチスが出てきて、理想的な憲法を投げ捨てました。結果的に有権者の責任もあるでしょう。

 高村 ナチスのようなものが芽を吹いた時、早く察知する知恵を持たないと。国民投票法成立の時、「手続きの法律だから、あってもいい」という意見がありました。私は迷いましたが、やはり、この一歩を踏み出したことによって、その後の一歩が容易になった。メディア全体が「ナントカ還元水」とかに騒いでいる裏で、歴史的に大きな一歩が進みました。

 ◇コウノトリの復活はすごい

 藤原 格差は進行し、固定化しつつあるかもしれない。

 高村 再チャレンジ以前の問題。米国のサブプライムローン問題の影響が広がっています。今のままでは地方や貧困層は立ち行かない。どうしてこんな無策で政治をやってられるのか……うーん。黙って見ている自分が情けない。

 藤原 逆に、光明を見たということは?

 高村 兵庫県豊岡市のコウノトリの郷公園でひなが育ちました。地元の人たちは自然を回復するのに30年以上、費用と手間をかけてやってのけた。絶滅した鳥が復活するとはすごい。それと、月探査機「かぐや」の打ち上げ成功もありましたね。

 藤原 コウノトリは見に行きましたよ。飛ぶ直前は親と同じくらい大きい。

 高村 コウノトリがそこらじゅうの空を飛ぶ、そういう日本に戻ったらいいなと思います。日本中で20~30年スパンで、失われた自然を回復する取り組みが行われたら。永田町任せではなく、自治体でできますもん。

 藤原 それを希望にしましょうか。

 高村 少しでもいい総括ができればと思いますが、コウノトリとかぐやだけとは……。

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 (注1)憲法では改正について、衆参各議院の3分の2以上の多数で発議し、国民投票で過半数の賛成を得ることを要件としている。この国民投票の手続きを定めた法律で今年5月に成立した。投票権者は18歳以上とするが、選挙権年齢が18歳に引き下げられるまでは20歳以上▽有効投票総数の過半数の賛成で成立▽憲法改正案の審査、提出は公布後3年間行わない--などが柱。

 (注2)来年11月に投票。共和、民主両党の候補を決める予備選挙は来年1月から始まる。現時点では、民主党はクリントン前大統領夫人のヒラリー・クリントン上院議員がオバマ上院議員、エドワーズ元上院議員をリード。共和党はハッカビー前アーカンソー州知事、ロムニー前マサチューセッツ州知事、ジュリアーニ前ニューヨーク市長らが争っている。

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 ◇劣化を防ぐ

 香川県坂出市の祖母と2人の孫が親せきの男に惨殺されるなど、「家族内殺人」は今年も目立った。防衛省の前事務次官の汚職は、官僚トップの無責任、倫理観のなさをあぶり出している。

 こうした中で、記憶にとどめなければならない出来事は、安倍晋三・前首相の政権放り出しだと思う。政権トップとして民意がどこにあるか読み切れないまま、責任を途中で放棄したことは、「政治の劣化」の象徴でもあった。しかも、高村さんが指摘するように、憲法を変える意味が国民の間で必ずしも十分に論議されたとは言い難い段階で、改正の道筋だけをつけて去っていった。この「ツケ」は来年以降も私たちに重くのしかかってくるだろう。

 昨年から続けている高村さんとの対談は、錯綜(さくそう)する事態を読み解き、打開につながるヒントを模索する試みでもあった。さまざまな分野で目立ち始めた劣化を防ぐために必要なことは、「考える力」だと高村さんはこれまで、しばしば強調してきた。その言葉に来年も耳を傾けたい。【藤原健】

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 ご意見、取り上げてほしいテーマをお寄せください。〒530-8251(住所不要)毎日新聞社会部「高村薫さんと考える」係。ファクスは06・6346・8187。メールはo.shakaibu@mbx.mainichi.co.jp

 次回は1月13日、テーマは「阪神大震災から13年」です。

毎日新聞 2007年12月9日 大阪朝刊

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