第10回 BIRDに就く・・・。


     新しい職場に移ったワタクシは、様々な部分で圧倒されました。前回お話ししたような店
    の内装や出演アーティストもさることながら、そこで同僚として働くスタッフの経歴やそれ
    に伴うサービスの質の高さ、そしてそれらを楽しもうと来店するお客さんの服装や車の豪華
    さ等々です。ラウンジバーでは「柴田敬一」さんが演奏していました。

     当時はバブル全盛時代で、同じくらいの年齢の人がベンツはもちろん、フェラーリやラン
    ボルギーニに乗ってくるのを見ると、自分とは別世界の人達・宇宙人のように思えました。

     お客さんの数はアーティストにもよりますが、決して多くはありませんでした。ですので
    ワタクシとしては複雑な心境でした。お客さんが多いと厨房の皿洗いや、ホールサービスに
    かり出され、アーティストの演奏をゆっくり聴く時間がありません。ただ、ゆっくり聴くと
    は言っても、暇なときでもせいぜい15分か20分程度のものでしたが・・・。お客さんが
    少ないと仕事をしているという実感がわかないのと、アーティストがかわいそうで、
    「こんなに良い演奏をしているのに、聴いてる人が少ないのはホントにもったいないな
    〜ぁ。」
    とつくづく思う日も数多くありました。

     その頃出演していたアーティストは、メインストリームジャズの大御所と言われる人たち
    で、私の好きなアーティストが数多く出ていましたので、最初はバックヤードのステージマ
    ネージメント担当の人にサインを頼んでいましたが、そのうち図々しくアーティストの楽屋
    におしかけていって、直接サインをしてもらったり、握手をせがんだりするようになりまし
    た。
    例えば、「リチャード・ティー」「コーネル・デュプリー」「クリス・パーカー」をはじ
    め、ボーカリストで「ナンシー・ウィルソン」「ジョー・ウィリアムス」「アストラット・
    ジルベルト」、「ロン・カーター」「フレディー・ハーバート」「ジミー・スミス」「スタ
    ンリー・タレンタイン」「ジョージ・デューク」等など、その他いっぱい・・・。
    羨ましいでしょ〜!それらのサインは今でも大切に保存しています。
    また、サインだけに止まらず、ドラマーの何人かには(オハイオ・プレーヤーズの「ダイヤ
    モンド」その他)ワンポイントアドバイス的にリズムパターンやおかずフレーズを教えても
    らった人もいますし、中には電話番号まで教えてくれた人もいます。

     アーティストのプロモート会社の方から新しい担当者兼通訳としてBIRDへ来た人がいまし
    た。着任後しばらくすると彼は、アーティスト演奏中が唯一の休み時間のようで、フロント
    へぶらぶらとやってきてはそこにいる私たちと冗談を言い合い、演奏終了間際にバックヤー
    ドへ帰っていくことが多くなりました。

     そんなとある日、ボクがdrumsを叩くという話をすると、彼も実は以前サックスの勉強に
    アメリカ留学してたことをワタクシに打ち明けました。
    それ以降彼とは音楽の話が多くなりましたが、数日後に彼の方から、
    「私の会社の同僚で、バンド組んでベースやってる人がいるんだけどそのバンドにドラムが
    いなくなって困っているみたいだから、もしよかったら手伝ってあげてもらえません?」
    「いいですよ、やります。」
    「じゃあ彼の方から連絡させます。ヒラノ君っていうベースです。すいません、ありがと
    う。」
    「ボクもしばらくバンドで演奏する機会がなかったんで、喜んで!」
    「よかった!ただどんなバンドか分からないんですよ、私もそのバンドの演奏を聴いたこと
    がないんで・・・。」
    「・・・・・・・・。」

     その人とは、後に自分で音楽制作会社を設立した「ヤマモト」君でした。真面目そうな部
    分とトボケた部分の混在する、至極貴重な人物だと未だにワタクシは思っております。

     ワタクシが大好きな人の一人です。


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